査定に役立つブックガイド

Dr.ホンタナ

元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。

告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。

読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。

ブックガイド(最新号)

中国入院問題の裏の裏

中国人は日本で何をしているのか

中島 恵 著
日経プレミアシリーズ 税込定価990円 2026年5月刊行

 
 「気楽に読めて、査定力もアップする本を!」というコンセプトの当ブックガイド、今回は、在日外国人事情の緻密なルポルタージュで知られる中島恵氏の「中国人は日本で何をしているのか」を取り上げます。

 一見すると、現代の国際色豊かな世相を切り取った一般向けのルポに思えるかもしれません。しかし、私たち生命保険会社のアンダーライターや査定担当者が第1章「中国人が支える日本企業」を読むと、あまりの生々しさに言葉を失うはずです。

 なぜなら、そこには日本の生命保険業界が現在進行形で直面している中国人が主人公の「営業現場の熱狂」と、その裏で静かに進行する「査定現場の危機」という、きわめて深刻な二重構造が赤裸々に描かれているからです。

 今回は、本書が暴き出す生保業界の不都合な真実について、私たちの実務と直結する「中国入院問題」に絞って読み解いてみましょう。

 本書の幕開けに登場するのは、日本を代表する大手生命保険会社が年に一回開催する、成績優秀社員の華やかな表彰式の光景です。全国5万人の営業社員から選ばれた一握りのトップエリートが集うその舞台で、なんと受賞者の3分の1から4分の1、入社5年未満の若手部門に至っては「半分」を中国人が占めていたという驚くべき証言が紹介されます。

 ある都内の営業所では実態として社員の7割が中国人であり、「彼女たちがいないと営業所そのものが成り立たない」というレベルにまで達しているとのこと。日本人の現役世代がノルマやプレッシャーの厳しい保険営業を敬遠し、深刻な人手不足が続くなかで、歩合制で年収数千万円から億単位までを実力で掴み取れる生保の仕組みが、ハングリー精神旺盛な在日中国人のニーズに完全にフィットしたわけです。

 彼女たちの最大の強みは、「ウィーチャット(微信)」や「小紅書(REDNOTE)」といった独自のSNSネットワークを駆使し、同郷会やコミュニティを通じて雪だるま式に顧客を開拓していく圧倒的なバイタリティにあります。「日本国内に存在する、ほぼ手つかずの巨大な在日外国人市場」を一気に囲い込んでいくその営業力は凄まじく、日本人の部長が「自分の給料も上がった」と喜び、彼女たちのためにパソコンの翻訳機能を使って中国語の資料を作ってあげるほど、営業現場では大歓迎されている実態が描かれています。

 しかし、営業部門がこの「新市場」の開拓に沸き立っているその裏側で、組織的な摩擦をすべて押し付けられているのが、私たち査定の現場です。本書のなかで、生保会社の本社内勤職員が、極めてシビアな業界の裏事情を吐露しています。

 「他社の話ですが、(中国人営業社員の顧客が)春節休暇で帰国した際に入院した、といって病院の診断書を提出し、保険金の支払いを求めるケースがありました。しかも同じような例が相次ぎ、不自然に多かったそうです。それがきっかけとなり、ある保険商品が販売中止になってしまったそうです」

 営業が華々しく数字を上げて表彰される一方で、その数年後、不自然に書類が整えられた「中国での入院請求」という名の爆弾が、査定部門のデスクに次々と回ってくる。売った側は実績で評価されて終わり、問題が顕在化したときには責任の所在が組織内で拡散しているという、生保業界の歪んだ構造がここに見事に描写されています。

 そもそも、日本の生命保険における「海外入院給付」は、日本人が海外旅行や出張中に不慮の事故や病気に見舞われた例外的なケースを想定して設計されたものでした。そのため、約款上の縛りも「日本国内の病院と同等と認められる医療施設」という一行の形式要件だけで足りていたのです。

 ところが、被保険者の属性が「中国に強い生活基盤とネットワークを持つ在日中国人」にシフトした瞬間、この前提は容易にハックされることになりました。現地の医療機関や顔なじみの医師との関係性、そして「せっかく高い保険料を払っているのだから、ルールの建前と実態の乖離を見抜いて賢く使わなければ損だ」というマインドが作用したとき、一度通った請求パターンをそのまま繰り返して確実に保険金を引き出すような、精密な請求ルートがコミュニティ内で共有されていくことになります。

 本書が浮き彫りにしたのは、単なる外国人労働者のルポではありません。人口減少に悩む日本の生保会社が、生き残りをかけて市場開拓のアクセルを踏み込んだ結果、その歪みが査定という現場にダイレクトに突き刺さっているという、業界の鋭い構造分析です。
 この「中国人の中国での入院給付金問題」って、すでに新聞やネットニュースでも報道されてはいるものの、問題の規模の大きさに比べて保険会社の声が小さいような気がしていました。なるほど、この本を読むと、保険会社自らが積極的に招いた側面もかなりあるわけで、大きな声ではいえないのかも。
                                                  (査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2026年6月)

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