査定に役立つブックガイド

Dr.ホンタナ

元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。

告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。

読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。

ブックガイド(最新号)

哲学風味の医療小説ーー

スピノザの診察室

夏川草介 著
水鈴社 税込定価1870円 2023年10月刊行

 
 「気楽に読めて、査定力もアップする本を!」というコンセプトの本連載。今回のブックガイドは、ベストセラー「神様のカルテ」の著者による最新シリーズを取り上げます。京都の地域病院を舞台に、大学医局を離れた孤高の消化器内科医・雄町哲郎の闘いを描いた物語です。

 本作が我々保険実務者の心に刺さるのは、現代医療が効率化の名の下に「漂白」されていく中で、医師が直面する「組織と個人の葛藤」を真正面から描いているからです。

1. 「医局支配」は本当に悪なのか?

 物語の中で興味深いのは、昨今批判の対象になりがちな「大学医局」というシステムを、必ずしも否定的にのみ描いていない点です。

 教育と責任の担保:医局という大きな組織による統制は、個々の医師の暴走を防ぎ、医療の質を一定に保つセーフティネットでもあります 。



 標準化の光と影:効率を重視する大学病院の姿は、裏を返せば「誰もが等しい医療を受けられる」ためのシステム構築でもあります。組織の規律があるからこそ守られる「質」の側面を、本作は冷静に示唆しています。

2. 「個人的利得」を超えた技術の極致

 主人公の雄町医師は、名声や報酬といった「個人的利得」のために働きません。彼を突き動かすのは、内視鏡というデバイスを通じて「病を根絶し、患者の人生を救う」という純粋な倫理観です。

 内科が引き継ぐ「外科の矜持」:かつて外科医が血の匂いの中で背負っていた「病を切り取る責任」を、現代の内科医がミリ単位の内視鏡操作という形で引き受けています。

 誠実さという評価軸:医師が利得や功名心に走る時、医療は歪みます 。我々査定者にとっても、その治療が「点数のため」か「患者のため」かを見極める視点は、今後ますます重要になるでしょう 。



3. 査定力アップの視点:データの裏にある「覚悟」

 告知書や診断書に並ぶ「ESD」(内視鏡的粘膜下層剥離術)や「EUS」(超音波内視鏡)といった文字 。それらは今や、単なる内科的処置を超えた、高度な侵襲を伴う「手術」に匹敵する重みを持っています 。

 技術の越境を理解する:かつての「外科の領土」であった消化器の治療領域が内科へと移り変わる中で、手技名だけでリスクを判断する時代は終わりました。

 「漂白」されない人間性を見抜く:AIやガイドラインが医療を標準化していく時代だからこそ、最後に残るのは「医師の判断」と「患者の納得」です 。

結びに代えて

 消化器病、特に早期消化器がんや胆管、膵臓の治療の主役が消化器外科から消化器内科にシフトしてきています。医師人生の前半を消化器外科医として過ごした私もそのシフトに興味があって今年から日本消化器病学会に再入会しました。4月に福井で開催される「第112回日本消化器病学会総会」にも参加する予定です。まさにこの小説で描かれるような、内科医による「攻め」の治療の映像をたくさん見ることになるでしょう。

 かつての外科医であった私にとっても、臨床を離れてから30年、消化器領域における、内視鏡治療の進歩、腹腔鏡手術の拡大、はては手術ロボット「ダ・ビンチ」により、診療の現場は大きく変貌していることは驚くばかりです。

 最新デバイスを操る消化器内科医たちの指先には、間違いなくあの「外科の残り香」があります 。組織の中で、いかに私欲を捨てて技術を磨き、患者に向き合うか。このシリーズは、我々が忘れかけていた外科医療の「熱」を、消化器内科の世界で思い出させてくれます。

 映画化も決まったらしいです。本作品はぜひ続編「エピクロスの処方箋」(2025/9/29 刊行)と併せて楽しんでください。
                                           (査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2026年4月)

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