査定に役立つブックガイド
元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。
告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。
読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。
ブックガイド(最新号)

ーーホームラン判定から「立証責任」へーー
法律の読み方がわかる本
白石忠志 著
ちくま新書 税込定価 1155円 2026年6月刊行
「気楽に読めて、査定力もアップする本を!」というコンセプトでお届けしている本ガイド。151回目となる今回は、少し医学書から離れて「法律の読み方」にスポットを当ててみましょう。
査定や支払の現場で日々手にする「普通保険約款」。しかし、文字通りに読んでもどうしても結論が出ないグレーゾーンに遭遇し、「法律的にはどう考えればいいのだろう?」と頭を抱えた経験は誰にでもあるはずです。かといって分厚い六法全書の解説書を開く気にはなれません。
そんな私達にぴったりの一冊が、白石忠志先生の「法律の読み方がわかる本」です。本書は、法解釈の第一線に立つ著者が「法令の条文や判決をどう読み解き、どう思考の組み立てに使うか」というリーガル・マインドの基本を、驚くほど平易かつキャッチーに解き明かしてくれます。
大谷選手の打球判定から始まる「法的三段論法」
本書の魅力は、最初から小難しい専門用語を並べ立てない点にあります。第1章で提示されるテーマはなんと「大谷翔平選手の東京ドームでの打球はホームランか」という野球の判定問題。観客がスタンドイン前にボールに触って外野に落ちたような場面を例に挙げながら、法律家が使う思考ツールである「法的三段論法」(大前提=ルール、小前提=事実、結論=判断)が、日常のルール適用の中でも3回繰り返されていることを軽やかに示してくれます。
続く第2章・第3章では、チケット不正転売禁止法や緊急銃猟制度などの実例を引きながら、条文の構造(条・項・号)や独特の用語(「その他」と「その他の」、「みなす」と「推定する」の違いなど)をクリアに解説。「一般法と特別法」の関係や、時代とともに変わる条文の読み解き方までスルスルと頭に入ってきます。
さらに第4章・第5章では、実際の裁判所の判決文の読み方や、e-Gov法令検索・判例データベースを使った「リーガルリサーチ(法的な調べもの)」の作法までカバーされており、実用性も抜群です。
査定現場での「立証責任」――「相手に立証責任がある」とき、私たちは何をするべきか?
さて、本書の中で私たちが特に膝を打つのが、第4章で解説される「立証責任(証明責任)」という概念です。
「どちらともいえない」というグレーゾーンが存在する現実の世界において、事実が証明できなかった場合に「どちらが不利益を被るか」をあらかじめ割り振っておくのが立証責任の仕組みです。これを保険の査定実務、たとえば給付金請求における「入院の医学的必要性」に当てはめてみましょう。
給付金請求訴訟などの裁判実務において、「約款上の支払事由に該当すること(=治療目的の入院が必要であったこと)」の立証責任は、原則として「請求者(契約者・被保険者)側」にあります。つまり、「医師に入院と言われたから」だけでは足りず、客観的に見て入院治療が必要だったという事実は、給付を求める側が証明しなければなりません。
ここで本書が突く、法解釈の非常に味わい深いポイントがあります。それは「立証責任が相手側にあるからといって、こちらが何もせず高みの見物を決め込んでいてよいわけではない」という点です。
相手方が十分な立証を果たしていない(あるいは不適切な医学的洞察に基づいている)場合でも、裁判官や判断者がその不十分さに気づかなければ、主張がそのまま通ってしまうリスクがあります。だからこそ、こちら側(保険会社側)も「相手の主張がいかに医学的・論理的に立証されていないか」を積極的に証明・反証する活動を行わなければなりません。
これこそが、私たちが査定実務や訴訟対応で作成する「意見書」の真の役割に他なりません。「入院が必要であったとは認められない」という相手の立証不足を、医学的エビデンスに基づいてロジカルに可視化・反証する作業。こうした法的ロジックを知らずして、適切な支払判断をしたり、説得力のある意見書を書いたりすることは到底できないわけです。単に感覚で疑うのではなく、「立証責任の対立構造」の中で意見書を位置づけると、収集すべき医務情報や回答書の組み立て方が見違えるほどクリアになります。
「ルールの階層」と思考の順序
また、本書で解説される「特別法と一般法」の関係を整理すると、査定に関わる法規範の全体像もスッキリします。
効力の優劣(上位・下位の階層)で言えば、頂点に立つのは「憲法」、その下に基本法である「民法」、保険取引のルールを定めた特別法「保険法(旧・商法保険編)」があり、最下層に当事者間の合意である「約款」が存在します。
【法段階説における効力の優劣】
憲法 > 民法(一般法) > 保険法・商法(特別法) > 約款(当事者間契約)
しかし、私たちが実際の現場で判断を下す際、思考を走らせる順番はこれと完全に「逆の流れ」になります。
【査定実務における適用の優先度】
約款 → 保険法 → 民法 → 憲法(公序良俗等)
まず最優先されるのは個別の合意である①約款(告知事項や入院の定義など)。次に、約款の効力を枠はめる②保険法(告知義務違反による解除など。契約者に不利な約款を許さない片面的強行規定として機能)。さらに、隙間を埋める③民法(詐欺・錯誤による取り消しや相続判断)。そして最後に社会的妥当性を測る④憲法(公序良俗の解釈指針)。
「特別法優先の原則」と「契約自由の原則」があるからこそ、この逆転が起こるわけです。
判断のブレを防ぐ「骨格」を手に入れよう
医学的知識がアンダーライターの解像度を上げる「視力」だとすれば、こうした法の読み方の習得は、ブレない判断を支える「骨格(体幹)」をつくる作業と言えます。
「審判がルールブックを読み解くように、約款や法令を論理的に読み解く」。本書は、そんなリーガル・マインドの基礎体力を、楽しみながら身につけさせてくれる格好の入門書です。たまには医学書や査定マニュアルを置き、大谷選手のホームラン判定に思いを馳せながら、頭のストレッチをしてみてはいかがでしょうか。 (査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2026年8月)























































































































































