査定に役立つブックガイド

Dr.ホンタナ

元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。

告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。

読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。

ブックガイド(最新号)

ジェネリックとインド
ジェネリック医薬品の不都合な真実

キャサリン・イーバン著

 翔泳社 税込定価2750円 2021年8月刊行

 新年明けましておめでとうございます。今年もブックガイドをよろしくお願いします。気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトです。新年、第108回目のテーマは「インドのジェネリック薬」。ジェネリック医薬品については以前も「ジェネリック それは新薬と同じなのか?」でも読み解きましたが、国産のジェネリック薬を前提とした米国内あるいは日本国内での法規制にのっとった企業の競争がメインテーマでした。

 ところが、グローバル経済でインドや中国がジェネリック薬市場に本格的に参入いたことで予想もしない事態となりました。それを余すところなく描くのが今回の「ジェネリック医薬品の不都合な真実」です。
インドのジェネリック製薬業の歴史、その発端から興隆の道程、そして世界がそれを受け入れざるを得なかった訳、その後の残念な腐敗の過程、さらに、それでも世界がインドのジェネリック医薬品を使い続けなければならない訳…。膨大な調査を通して、これら全てが500ページ超の中に盛り込まれています。
ジェネリック医薬品の存在意義は、特許が切れた先発薬と同等の効果や安全性を持つ薬を安価で提供することです。それは、政府の医薬品審査機関の厳格な管理・監督のもと、ジェネリック医薬品メーカーが高い倫理観をもって、「先発医薬品と変わらない薬効・安全性の薬を製造しているはずだ」という「信頼」を前提として作られた制度です。

 つまり、ジェネリック医薬品は、そもそも先進国の企業倫理と法制度のもとで製造されることを想定した薬なのです。
しかし、グローバル経済の進展で、先進国とは異なる倫理観や社会制度をもつ国々が工業化し、世界の工場となっていきました。衣類や機械などを作っている間はそれでよかったとしても、「薬」を製造するとなるとどうでしょう。薬は外観で中身がわからないし、結果としての作用もすぐにはわからないものです。
そんな流れの中心にあるのがインド。インドにはガンディーの頃から独立の見返りとして、イギリスの依頼で第二次世界大戦中に戦士向けのキニーネなどを製造していたという歴史もあります。
そして、20世紀後半、英語力と理系脳にすぐれる上層社会のインド人が続々と欧米の大学へ留学し、医学部や薬学部にもインド人が増えました。当然、欧米の製薬企業にもインド人がたくさん入ってきました。インドにもどった彼らは製薬会社を起業。彼らは、新薬開発はできませんが、既存薬を合成することには長けていました(いわゆるリバース・エンジニアリング)。

 そして1970年、インディラ・ガンジーの時代に、「インド特許法」という独自の特許法ができました。「インド特許法」によって模倣薬を自由に作れることになったインド国内では、模倣薬が流通する時代が到来します。ただし、その時点ではインドは世界市場から締め出された状態でした。
インドの薬における大きな転機は、1980年代に起こったHIVの世界的流行です。欧米の製薬会社が超高価な価格で提供していた抗HIV薬を、インドは100分の1の価格で提供するという賭けに出ました。これが世界世論を動かし、インド製抗HIV薬が主にはアメリカの予算でアフリカ諸国に供給されることとなったのです。この出来事をきっかけに、インド製薬業界は世界的な薬品供給者として認められるようになりました。
そして21世紀、高騰する医療費に悩む先進諸国も、次第にインドの薬に門戸を開いていきます。もちろん、先進国並みの企業倫理と監督制度のもとで製造されることを前提に…。
 そこに立ちふさがったのは、「ジュガール」というインド人の心性でした。ジュガールとはヒンディー語で「応急処置」という意味らしいのですが、転じて「その場しのぎでうまくいくならそれでOK!」、さらには「さまざまな規制をたとえ違法な方法でもくぐり抜けて目的を達成する才能」を意味します。
インドでは、ジュガールがビジネスで成功する才能だと今でも考えられており、ジュガールに長けた人は尊敬の対象になっています。日本でも、「大富豪インド人のビリオネア思考」という、「ジュガール礼賛本」が出版されているほどです。
インドで作られたジェネリック医薬品をアメリカで使うには、FDAの認可、定期的な精度管理、工場の査察など、品質管理のための高いハードルがあり、そこにコストがかかります。ところが、ジュガールを使うと、でたらめな書類やその場しのぎの査察対策でFDAをごまかし、いい加減な品質管理でコストダウンすればよい…という具合になります。

 本書のメインとなる実話では、アメリカで成功してインドにもどってきたインド人研究者が、インド製薬業界のジュガール体質に嫌気がさして内部告発。これを発端に、FDAやアメリカの司法とインドの製薬業界(さらにはインド政府)の間で、さまざまな法や駆け引きのバトルが繰り広げられます。
その研究者の事件は解決するのですが、アメリカの政府や消費者が財政的にジェネリックを求めていたため、インドのジェネリック医薬品が持つジュガール体質は温存されてしまいます。それどころか、FDAが規制を厳格化しインドからの薬剤の輸入が滞ると、アメリカ国内では薬剤が不足する事態に…。
新型コロナウイルス感染症もそうですが、先進国の生活環境や衛生状況や倫理観では起こりえなかったようなことが、グローバル経済によるモノの移動で、われわれの身近に突如出現しています。そして、それを避けることはむずかしくなっています。
中国のリアルな感染症やインドの低品質な薬剤が、直接われわれの健康に影響を及ぼす…。グローバル化の裏では、そのようなことが起こっているんですね。コロナ禍の今、なんとも底知れない不気味さを感じました。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2023年1月)

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