前書き
元コロナでオンラインの学会が増えましたが、私は今でも一年のうちに何回か学会に参加しています。そして、ときには保険業界のみなさまにもお伝えしたい最新の知見もあります。そこで、不定期ではありますが、参加した学会の簡単なレポートをこのホームページでお伝えしたいと思います。
学会レポート(最新)
ー第112回日本消化器病学会総会参加記29回 日本統合医療学会 参加記ー
~かすかに残る消化器外科の矜持を探して~

1.消化器領域の医療の変遷:外科の領土はどうなったか
私が消化器外科医だったころ、膵頭部癌の治療としてChild法(膵頭十二指腸切除後の再建術)を完遂することは、外科医としての全人格と技術を注ぎ込む、まさに「到達点」でした。術後の膵液瘻に怯えながらも、自分の手で繋ぎ合わせた吻合部には、確かな誇りが宿っていたものです。そんな元外科医の視点で、今回の福井・金沢での学会総会を歩いて感じた「時代の激変」をレポートしたいと思います。
学会会場を回ってみて、正直驚きました。かつて我々外科医が支配していた広大なテリトリーが、今や内科的アプローチによって鮮やかに塗り替えられていたのです。
①消化管腫瘍:内視鏡という「非侵襲なメス」
消化器の早期がんは、もはや内科医が「管内」から粘膜下層内視鏡(ESD)や全層切除術(EFTR)で治す時代です 。AIによるリアルタイム診断支援も当たり前になり、診断から治療までが極めて精密に標準化されていました 。
② 肝臓:ウイルス駆逐による「花形の落日」
戦後の売血や医原性の「非A非B型肝炎」の時代が終焉を迎えようとしています、結核の時代が終わったように肝炎の時代も終わっていくのでしょう。肝臓病というかつての花形舞台は、ウイルスの消滅と共に静かに幕を閉じようとしています。
③ 胆道:Interventional EUSの台頭
ERCP下処置は完全に内科のルーチンになっていました。現在はEUS(超音波内視鏡)を使ったドレナージやステント留置など、外科の出番を待たずに内科で完結する手技が目立ちます 。30年前は、外科医の特殊技能だったのですが・・・それって私の思い過ごしだったのでしょうか。
④ 膵臓:残された外科医の聖域
そんな中、膵がんだけは別格でした。依然として外科医が「ストラテジスト(戦略家)」として中心に座っています 。高難度の切除や術前化学療法の組み合わせなど、ここにはまだ外科医が主役を張る「総力戦」の場が残っています 。
2.現場の熱量:象徴的だった2つの講演
今回の変遷を象徴する、非常に興味深い講演を紹介します。
① 内科が「全層切除」に踏み込む衝撃
「消化管腫瘍治療の新規内視鏡技術:粘膜下層内視鏡と全層切除術 (EFTR) の位置づけ」(井上 晴洋先生) かつて、壁を貫く(全層切除する)のは外科医の仕事であり、内科医が「穴をあける」ことは禁忌に近い感覚でした。しかし、いまや内科医が内視鏡を使いこなし、外科の領域であった全層切除にまで踏み込んでいる。技術の越境を象徴するセッションでした。
② 外科医が「生存」を設計する知略
「外科医の視点からみた膵癌長期予後を目指した治療ストラテジー」(松本 逸平先生) ここでは、単に「いかに切るか」という手技の話だけでなく、化学療法や審査腹腔鏡を組み合わせた高度な戦略が語られました。手技が他科に流れても、この「がんを根絶するための全体設計」にこそ、現代の外科医の矜持が詰まっていると感じました。
3.消化器内科が主導権を握る時代:小説に見る「内科医の覚悟」
ブックレビューでも紹介した、夏川草介氏の『スピノザの診察室』や『エピキュロスの処方箋』を読んでいると、内科医・雄町哲郎がミリ単位の精度で内視鏡を操る姿が描かれています。それは、かつて我々が術野で血の匂いと共に背負っていた「病を切り取る責任」を、現代の内科医が形を変えて引き受けている姿そのものです。
かつてChild法で見せたような「繋ぐ技術」へのこだわりは、いまや内科医が麻酔科医を動員して行う高度な全身管理下の治療の中に、その精神が受け継がれているのかもしれません。内科主導の時代は、かつての外科の技術をより洗練し、デジタルで「漂白」した時代とも言えそうです。
4.保険医学的な考察:リスク評価をどうアップデートするか
この変遷は、保険医学の現場にとっても無視できないパラダイムシフトです。
①「低侵襲=安全」という思い込みを捨てる
ESDやInterventional EUSは「内科的」と言いつつ、実態は全身管理を要する高度な侵襲行為です 。術式名だけで判断せず、管理体制や特有の偶発症リスクを再評価する必要があります。
② 肝疾患リスクの構造変化
「ウイルスから肝がんへ」という単純なモデルは過去のもの。これからはNASH/MASHといった生活習慣由来のリスクをどう捉えるかが、アンダーライティング(引受審査)の鍵になります 。
③ 膵胆道領域の「重み」を評価する
膵がんなどの高難度手術は、今なお生命リスクを伴う最大侵襲です。個別化医療が進む中で、どのタイミングでこの「聖域」に踏み込むべきか、より高度な医学的知見に基づいた査定が求められます 。
結びに代えて
福井の会場で探し求めた「外科医の矜持」は、かつてのような巨大な領土としては見つかりませんでした。でも、最新デバイスを操る内科医の指先や、複雑な膵がん治療の戦略の中に、その「残り香」は確かにありました。我々保険医に求められているのは、この目まぐるしく変わる医療の姿を、歴史の連続性を持って追い続けること。そんな風に感じた学会でした。
講演の合間に内視鏡のテクニックを実際に模型の腸管を使って学べるハンズオンセミナーを除いてみました(写真参照)。驚いたのは女性ドクターが半数を占めるほど熱心に内視鏡操作を学んでいたことです。今や、医師免許があるだけではなく、具体的な技術を持っていることが求められているのだなあと―実感しました。
(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2026年7月)






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