査定に役立つブックガイド

Dr.ホンタナ

元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。

告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。

読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。

ブックガイド(最新号)

他人後ではない、依存症

依存症と人類
われわれはアルコール・薬物と共存できるのか


カール・エリック・フィッシャー 著
みすず書房 税込定価4950円 2023年4月刊行

 
 気楽に読める本で、アンダーライティングや社会理解にも役立つ知識を手に入れる――そんなコンセプトでブックガイドを続けていますが、今回はちょっと気が重いようで、でも実はめちゃくちゃ“今っぽい”テーマを扱います。タイトルは「依存症と人類」。分厚いけど、怖がる必要はありません。むしろ「依存症? 自分には関係ないよ」と思っている人ほど、グサグサ刺さるかもしれません。

著者は「治療者」でも「当事者」でもある

 まず、この本を書いたカール・エリック・フィッシャー氏。彼はアメリカの精神科医で、依存症専門の治療に携わる医師です。肩書きだけ聞くと、「はいはい、お堅い専門書ね」と思いそうですが、ちょっと違います。なぜなら、彼自身がかつて重度のアルコール依存症に陥り、精神科の閉鎖病棟に収容されるところまでいった「当事者」でもあるからです。つまり、治療する側であり、同時に治療される側でもあった。この立場から描かれる依存症の歴史と実態は、実にリアルで、そして深い共感を伴っています。

「依存は現代病」は本当か?

 私たちの多くは、依存症と聞くと、「最近増えてる問題」「現代人の甘え」と思いがちですが、本書は真っ向からその通説に反論します。実は依存症は“人類とともにあった”歴史的現象であり、18世紀のイギリスでは「ジン・クレイズ(ジン狂時代)」と呼ばれるブームがありました。貧困層の女性たちがジンをあおっていたという記録が残っています。そして社会は、「これは堕落だ」「下層階級の問題だ」として切り捨てたわけです。
どこかで聞いたような話ですよね。アメリカでも同様に、薬物使用に対する取り締まりが、白人と黒人、富裕層と貧困層で二重基準になっていた時代が長く続きました。「白人の依存は治療」「黒人の依存は犯罪」という構図が、政策や司法にまで影響を及ぼしていたといいます。

「脳の病気」だけでは語りきれない

 1990年代以降、「依存は脳内物質の問題だ」という説明が広まりました。たとえば、ドーパミンの過剰分泌によって報酬系が刺激され、やめられなくなる、という説ですね。これはこれで、依存を「意思の弱さ」ではなく「生物学的な現象」として理解しようとする重要な進歩ではありました。が、著者はこう問いかけます。「それだけで説明がつくと思いますか?」と。
依存に陥る背景には、孤独、トラウマ、ストレス、あるいは人との断絶といった社会的要因が深く関わっていると、彼は言います。そしてこう述べるのです。「依存の対義語は“節制”ではなく、“つながり”である」と。

「それ、日本にも当てはまるよね」と思う場面が多数

 本書の舞台はアメリカですが、日本にもまったく同じような構造があります。たとえば、ギャンブル依存。パチンコ、パチスロといった“実質合法”のギャンブルが長年放置され、ギャンブル依存が疑われる人は推定320万人(2.8%)といわれています。にもかかわらず、世間の空気は、「自業自得でしょ」「遊びすぎただけ」と冷たいままです。
さらに笑えないのが、国の政策です。カジノ誘致(IR)と依存症対策が、なぜか同じ文章で語られるという矛盾。「観光収入は欲しいけど依存はダメ」って、それ二重帳簿の発想では?
 そして近年、爆発的に増えているのがオンラインカジノです。X(旧Twitter)やYouTubeで「ラクに稼げる」「スマホで副収入」といった甘い言葉が拡散され、気がつけば若い世代の依存者が急増中。しかも海外サーバーを使っているため、日本の法律は“あるけど効かない”状態です。SNS経由で匿名・無制限にプレイできる。家族にもバレない。これって、依存症の温床になる条件をすべて満たしています。
本書で描かれる「企業が仕掛ける依存構造」や「脆弱な法制度」「道徳的非難による排除構造」は、日本のオンラインカジノ問題にもピタリと重なります。これはもはや、アメリカだけの話ではありません。

依存を救うのは、国家でも医療でもなかった

 では、どうすれば依存症は治るのか? 医療? 法律? 本書は、意外な答えを提示します。それは、「当事者同士のつながり」です。1930年代に始まった「アルコホーリクス・アノニマス(AA)」は、「私は〇〇です。アルコール依存症者です」と名乗り、体験を語り合う自助グループです。映画やドラマで見たことがある方も多いでしょう。でもあれ、演出じゃありません。本当に人を救ってきた、尊い現場なんです。
日本でも同様のグループは存在しますが、まだまだ認知度は低く、「病院に行く」か「刑罰を受ける」かの両極端な選択肢になりがちです。

人間である限り、誰でも「依存」のリスクがある

 本書の原題は “The Urge”。つまり「衝動」や「渇望」です。そう、依存とは“他人事”ではなく、私たちの中にある本能のようなもの。疲れたとき、落ち込んだとき、ついスマホを触る、酒に逃げる、ゲームに没頭する――その延長線上にあるのが依存症です。
だから、依存症を「異常な誰かの問題」として切り離すのではなく、「人間であることの一部」として受け止めるべきではないか。フィッシャーのメッセージはそこにあります。

「他人事と思って読んだら、わが身の話だった」

 この本は、依存症を単なる医学的・法的な問題ではなく、「人類史の中で繰り返されてきた課題」として位置づけ直します。専門書のようでいて、哲学書でもあり、社会史のようでもあり、何より「ひとりの医師・患者の回復の物語」として、非常に読み応えのある一冊です。依存症に関心のある方はもちろん、「関心ない」と思っている方にこそ読んでほしい――なぜなら、あなたも今この瞬間、無意識にスマホを触ってませんか?

(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2025年7月)




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