査定に役立つブックガイド

Dr.ホンタナ

元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。

告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。

読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。

ブックガイド(最新号)

「入院」も千変万化!

高齢者が急性期病院に殺されないために知っておくべきこと

武久 洋三 著
幻冬舎・日本医療企画 税込定価1,760円 2025年2月刊行

 
 「気楽に読めて、査定力もアップする本を!」というコンセプトのブックガイド、今回はやや重たいタイトルの本をご紹介。その名も『高齢者が急性期病院に殺されないために知っておくべきこと』。全国100超の病院・施設を展開する武久洋三先生(平成医療福祉グループ会長)による、日本の医療制度に対する静かな、しかし本質的な怒りの書です。

 よくある高齢者向けの本かと思いきや、中身はとても読みやすく、むしろ保険の査定や商品企画に関わる人ほど読んでおくべき内容でした。今回は、特に「入院の定義が揺らぐ時代における医療保険のあり方」という視点で、本書の見どころを紹介します。

急性期病棟の現実――“点数主義”と現場の疲弊

 そもそも急性期病棟とは、脳梗塞や心筋梗塞、肺炎、外傷など、病状が急変・重篤化した患者を集中的に治療する場として設けられており、一般病棟とは異なり高度な医療機器やスタッフ体制が求められます。2000年代以降、診療報酬制度の下で「急性期一般入院基本料」と「急性期看護補助加算」など、いわゆる急性期加算が次々と導入され、病院側はこれを維持するために多くの指標(重症度、医療・看護必要度など)をクリアしなければならなくなりました。その結果、患者の平均在院日数の短縮や、入院中の処置・検査件数の増加が求められ、病院側は文字通り“日々の点数管理”に追われるようになったのです。

誰のための医療か――高齢者が翻弄される構造

 この制度的圧力のなかで、高齢患者はどうなるか。90代の認知症患者に対しても、心臓カテーテル検査や内視鏡検査といった侵襲的な処置が“点数のため”にルーチンのように行われることがあり、本人の意思も確認できぬまま医療が進行する。そして治療がひと段落すれば、次の行き先が決まらないまま“退院支援”という名の追い出しにあってしまう。時にベッドが空くまでの「中継ぎ」として転院させられ、医療機関間をたらい回しにされる。

こうした事態への対策として生まれたのが、2014年度診療報酬改定で新設された「地域包括ケア病棟」です。

地域包括ケア病棟という“中継ぎ”の混乱

 この「地域包括ケア病棟」は、急性期治療を終えた直後の患者を受け入れ、在宅や施設への円滑な移行を支援する役割を担います。治療というよりも、「暮らしの回復支援」としての入院が主体となるため、ADL評価やリハビリ支援、在宅復帰支援などが主眼となります。

 しかし、その運用実態はというと、制度改定のたびに報酬要件や基準が変わる、いわば“猫の目”のような改訂に翻弄され続けています。平均在院日数、在宅復帰率、緊急入院割合など、毎年のように変わる指標に現場は振り回され、制度の目的が本当に高齢者の尊厳と生活を支えることなのか、それとも「使いやすい病床の整理」のための政策なのか、見えにくくなってきているのが実情です。

 武久氏は、「急性期治療を終えた患者が、回復期病院に来た時にはすでに要介護状態である」ことを長年にわたり問題視してきたそうです。その原因は明確で、急性期病院では「治療が終わるまで安静に」が原則となっており、リハビリやADL維持の視点が抜け落ちているからに他なりません。2024年度の診療報酬改定でようやく「急性期入院中のリハビリ加算」が導入されましたが、現場の認識はまだまだ追いついていないのが実情です。そしてその“犠牲”となっているのが、高齢者です。

“入院”という言葉の再定義

 本書を読んで改めて気づかされるのは、いまや「入院」とは多様な医療ニーズの受け皿になっており、一律に評価できないという現実です。たとえば地域包括ケア病棟では、治療というより「在宅復帰支援」や「一時的なケア」が中心で、ADL改善や栄養管理に注力するケースが増えています。しかし、現行の医療保険制度は、未だに「検査・手術・点滴・入院加療」という“旧来型の医学的入院”を想定して作られているのが実情です。そのため、地域包括ケア病棟に転棟した場合や、治療は終わっているが在宅復帰支援のために数日延泊しているようなケースなど、現場では明らかに必要とされる入院でも、民間医療保険の制度上は“給付対象外”と判断されかねない状況にあります。

老衰は避けられるか?――“続発性老衰”という視点

 本書でもっとも印象的だったのが、「続発性老衰」という概念の紹介です。単なる高齢や病気の進行ではなく、入院による寝たきり化、栄養不良、活動低下が引き金になって起こる“人為的老衰”こそが、最大のリスクであると著者は強調します。実際、急性期病院から「看取り目的」で紹介された90代患者が、回復期の丁寧な支援により4年も経口摂取を維持できたという実話もあり、「寝かせっぱなし医療」がいかに致命的かを痛感させられました。

査定の視点から見る“医学的入院”の問い直し

 私たち査定担当者にとっても、「医学的入院」の定義を問う局面は増えています。点滴はしているが病名は“かぜ”だけ、治療は終わったが退院後が不安なので数日延泊している、といったケースを前にして、果たしてこれは給付対象となるのか――という判断に日々直面しています。

 本書を通して再認識できるのは、「入院=給付」という時代はすでに過去のものとなっており、今後は「何のための入院か」「医学的な必要性があるのか」「生活機能の維持・回復に資するのか」といった質的評価こそがカギになるということです。

“給付の判断”に揺らぎを感じる今だからこそ

 本書は、単なる急性期医療批判ではありません。むしろ“高齢者の人生”を中心に据えた、医療とケアのあり方を問い直す提言書です。そして、私たち保険査定者にとっても、「何を“医学的に必要な入院”と評価するのか」という根幹の考え方を再点検する機会を与えてくれます。「医療制度は進化しているのに、医療保険の査定基準はそのまま」――そんなズレを是正するためにも、一読の価値ありです。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2025年9月)

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