査定に役立つブックガイド

Dr.ホンタナ

元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。

告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。

読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。

ブックガイド(最新号)

ワクチンで認知症予防

アルツハイマー認知症は抗ウイルス薬と帯状疱疹ワクチンで予防できる

松下 哲 著
三省堂書店/創英社 税込定価1650円 2024年6月刊行

 
 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなブックガイドの第139回は、タイトルからして眉唾な感じもする『アルツハイマー認知症は抗ウイルス薬と帯状疱疹ワクチンで予防できる』です。

 え? ウイルス? ワクチン? 陰謀論じゃないの?いえいえ、読んでみると意外にちゃんとしていて、むしろ既存の「常識」がいかにぐらついているか、あらためて考えさせられる内容になっています。今回は、多少まじめに(そしてちょっとだけ懐疑的に)紹介してみましょう。

アミロイド仮説はそもそも破綻していた?

 アルツハイマー病(以下、AD)の治療において、これまでの「王道」とされてきたのが、いわゆる「アミロイド仮説」です。つまり、アミロイドβ(Aβ)という異常なたんぱく質が脳に蓄積することで、神経細胞が壊れ、記憶や認知機能が失われていく――というシナリオです。

 レカネマブ(商品名レケンビ)などの新薬も、この仮説を前提にして「アミロイドを減らす」ことで効果を発揮するとされています。が、現実には1年間に300万円かけても、ほんのわずか“進行が遅れる”程度。それもCDR-SBスコアでの“1点未満の差”を、「統計学的に有意」と言い張るだけの話。こうなると、「アミロイドを減らせば治る」どころか、「アミロイドはそもそも原因なのか?」と、疑いたくなるのも無理はありません。
このあたり、わたしが過去レビューでも書いたとおり「アミロイド仮説そのものが胡散臭い」という論点に、本書も正面から挑んでいます。

じゃあ原因は何なの? 答えは「ウイルス」かも?

 本書が提案するのは、端的に言えば「ADは感染症の一種ではないか?」という視点です。著者は「単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)」と「水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)」の2つに注目します。これらは子供のころに感染し、神経節に潜伏して、ストレスや免疫低下で再活性化するという、まぁよく知られたウイルスです。

 著者によれば、これらのウイルスが再活性化すると、神経細胞に炎症を起こし、長年かけて脳にダメージを与え、結果的にADが進行するのではないか、というのです。アミロイドβはその過程で現れる“免疫反応の副産物”であり、むしろウイルスと戦うために出現する「応援団」だった、という説まであります。

 正直、このあたりは「そんなにうまく因果が語れるなら苦労しないよね」とも思いますが、意外と根拠が挙げられています。たとえば:
  - AD患者の脳からHSV-1のDNAが見つかる
  - 脳炎を起こす部位とADの病変部位が一致する
  - 台湾の疫学研究で抗ウイルス薬を飲んでいた人のほうが認知症リスクが低かった など

 要するに、「AD=ウイルス性脳症の慢性形態」だと仮定すれば、すでに使われている抗ウイルス薬やワクチンで、予防できる可能性があるのでは――というわけです。

帯状疱疹ワクチンで認知症が減る!?

 中でも本書で“予想外に説得力がある”のが、帯状疱疹ワクチンの話です。もともとは神経痛の予防目的で開発されたこのワクチン、イギリスや韓国などの大規模研究で、「接種した人のほうが認知症の発症率が明らかに低かった」とするデータが複数出ています。
たとえば:
 -イギリス・ウェールズの28万人を7年間追跡した研究では、接種者で認知症リスクが20%減少
 - 韓国の研究では、心血管イベントのリスクも23%減少
 - 最新の組み換えワクチン(シングリックス)は、生ワクチンよりさらに効果が高い可能性あり

これらは「自然実験」という、RCTに匹敵する研究デザインで検証されており、「副反応が軽い」「コストも比較的安価」という点でも、かなり現実的な選択肢になりうると評価されています。

ただし、やっぱり慎重な目線も必要

 ここまで読むと、「帯状疱疹ワクチン、すぐ打たなきゃ!」という気分になってきます。が、もちろん注意も必要です。まず、すべては“因果関係”ではなく“相関関係”にとどまっています。接種するような健康意識の高い人は、そもそも認知症になりにくい可能性もあるわけで、「ワクチンを打てば絶対に認知症にならない」という話ではありません。
また、ウイルス仮説自体が、現時点では主流派ではなく、「アルツハイマー病=感染症」という視点もあくまで仮説の域を出ていません。日本の臨床現場で、これを理由に「抗ウイルス薬を処方しましょう」と言い出す医師はまだごくわずかでしょう。

それでも「予防」という発想は前向きだ

 とはいえ、もしこの仮説が本当だったらどうでしょう?「50歳でワクチンを打つだけで、20年後の認知症が防げるかもしれない」。
これは、あの高額な抗体医薬を18か月ごとに点滴するのとは、まったく違う現実的な話です。

 そして医療経済的にも、極めて理にかなっています。認知症の治療費は、医療費だけでなく介護費用・家族の労働損失も含めると莫大です。仮にワクチンでその一部でも防げるなら、コストパフォーマンスは圧倒的。国としても、そちらに舵を切るべき時期に来ているかもしれません。

まとめ:「帯状疱疹ワクチン?認知症に効くかも」

 それだけでも、アンダーライターは頭の片隅に置いておくべきトピックです。
本書は、仮説が多く確定的な結論ではありませんが、今後の認知症予防戦略を考えるうえで、無視できない視点を提供しています。既存の常識に風穴を開けるという意味でも、読んで損はない一冊です。読後のおすすめ行動?「とりあえず、近所の内科でシングリックスの在庫を確認してみましょうか」

(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2025年8月)

<追記>帯状疱疹ワクチンの定期接種
厚労省によると、令和7年から65歳から5歳刻みで定期接種が受けられます。補助が半分(シングリックスで2万円)出るようです。もちろん自費であればいつでも受けられます。厚労省もこっそり認知症予防を目指しているのかも?

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