査定に役立つブックガイド
元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。
告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。
読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。
ブックガイド(最新号)

ーー悲痛なる闘病記としてだけでなくーー
透析を止めた日
堀川 恵子 著
講談社 税込定価1980円 2024年11月刊行
気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。今回は、「闘病記」であり「看病記」であり、「功名心にはやる外科医」や「医は算術の透析クリニック」にもするどい筆致で切り込み、文字通り何重にも心を動かされた一冊「透析を止めた日」を紹介します。
「透析を止めた日」は、ノンフィクション作家・堀川惠子氏が夫の林新(はやし・あらた)氏が60歳での死のその時までの闘病生活を描いた心揺さぶる作品です。本書の前半は、林氏の闘病生活を追ったものです。その描写は非常にリアルで、まるでその場にいるかのような感覚を覚えます。
私自身、透析クリニックで医師としてアルバイトをした経験や、緊急透析の患者さんのためにカテーテルを挿入した経験もありましたが、透析を受けている人の人生についてはこれまで深く考えたことはありませんでした。本書を読んでいると、まるで自分が透析を受けているかのような気持ちになり、そんな思いに至ることがなかった自分を反省しました。
林氏(以下、夫)は、多発性嚢胞腎という難病と闘い、母親からの腎移植を経て、再び透析治療を余儀なくされます。透析治療は、夫にとって耐え難い苦痛となり、週3回、4時間もの長い治療時間、厳しい食事制限、体力の消耗、そして何より、自分らしい人生を生きているという実感の喪失に苦しみます。そして、これらの苦しみから解放されることを望み、最終的に透析を中止する決断をするのです。
しかし、そこからさらに功名心にはやる移植外科医が関わり、物語は苦しい方向へと進んでいきます。そこには、「日本の医療は、関わった医師の人間性次第」という現実が、容赦なく描かれています。
また、「透析を止める」こと自体が抱える問題点も本書では明確に示されています。医療者は死に向かう行為を避けたいと考え、死の直前まで透析にこだわろうとします。しかし、それもまた、透析を受ける本人にとっては大きな苦痛となるのです。
著者は、夫の最期の時間を密着して過ごし、苦しみながらも少しずつ意識を手放していく過程を、壮絶でありながらも尊厳あるものとして描き出しています。この前半のドキュメンタリーだけでも、読者の心に深く響くでしょう。
本書を読んでいて強く引き込まれるのは、前半で描かれた夫との過酷な闘病の日々が、透析医療の課題を描く後半の確かな基盤となっていることです。当事者としての経験を社会問題として捉えなおす著者の筆致には、圧倒されるばかりです。
その後半では、日本の透析医療が抱える根本的な問題に焦点を当てています。日本は、世界でも類を見ないほど透析患者数が多く、その背景には、高齢化の進行や糖尿病の増加、そして腎移植の普及が進んでいないという現状があります。
さらに、日本の医療制度では透析医療が高額な診療報酬を生むため、一部の医療機関では透析を推奨し、腎移植や保存的治療があまり選択肢として提示されないという問題もあります。透析患者1人あたりの年間医療費は約500万円にも上り、高額療養費制度が国の財政を圧迫している現状も指摘されています。
また、欧米では終末期医療の一環として透析を中止する選択肢が一般的に認められていますが、日本では「透析をやめる=延命を放棄する」という考え方が根強く、医療者や家族からの同意を得るのが難しいという現状もあります。一方で、本書は暗い話ばかりではありません。血液透析の困難さを克服するための「腹膜透析」が、多くの成功例とともに紹介されています。
著者は、本書を「医療者にこそ読んでほしい」と話します。「この本を書いた最大の目的は、透析医療が抱える課題を多くの人に知ってもらい、医療者自身に考えていただくきっかけをつくることでした。透析患者の高齢化は深刻で、治療法の選択肢や終末期のあり方など、従来とは異なる対応が求められ、透析医療は医療者にとっても非常に難しい分野です。だからこそ、現場のリアルを知り、情報や制度をアップデートしてほしい。医療者と患者、社会全体が協力し、より良い医療制度をつくる第一歩になってくれればと思っています」と述べています。
本書は、私たちに多くのことを考えさせられる一冊です。私自身、医学・医療に深く切り込んだ著者の迫力に魅了され、強烈に考えさせられました。
おすすめの一冊です。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2025年3月)