査定に役立つブックガイド
元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。
告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。
読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。
ブックガイド(最新号)

ーー「最も不潔な水」が飲めるわけーー
ファージ・ハンター
-病原菌を溶かすウイルスを探せ!-
山内一也 著
岩波科学ライブラリー 税込定価1540円 2025年1月刊行
「気楽に読めて、査定力もアップする本を!」というコンセプトの本連載。今回のテーマは、現代医療の限界を突破する鍵(なるかも知れない)であり、かつて生命科学に大革命をもたらした主役、バクテリオファージです。
そもそも「ファージ」って何者?
「ウイルス」と聞くと、人間に病気を起こす悪者を想像しますが、ファージは少し特殊です。彼らがターゲットにするのは人間ではなく、「細菌(バクテリア)」だけ。いわば「細菌を食べるウイルス」です。
見た目はまるで月着陸船のようなメカニカルな姿(表紙絵参照)をしており、特定の細菌に取り付いて自分の遺伝子を注入し、仲間を爆発的に増やして細菌を内側から溶かし殺します(溶菌サイクル)。この「特定の菌だけをピンポイントで狙い撃ちする」性質を医療に転用したのが「ファージ療法」です。
このメカニカルな姿で、特定の細菌に取り付いて自分の遺伝子を注入し、最近の細胞内で仲間を爆発的に増やして細菌を内側から溶かし殺します(溶菌サイクル)。この「特定の菌だけをピンポイントで狙い撃ちする」性質を医療に転用したのが「ファージ療法」です 。
ガンジス川の衝撃と「忘れ去られた魔法」
本書の冒頭で語られる、「ガンジス川の水はコレラ菌を3時間以内に殺す」という19世紀末のエピソードは衝撃的です。世界で最も不潔とも言われる水が、実は最強の浄化能力を持っていた――その正体こそがファージでした。
1917年にデレーユによって発見された当時は、赤痢の治療成功など「魔法の弾丸」として期待されました。しかし、その後のペニシリンなど「抗生物質」の爆発的普及により、生き物であるファージを扱う煩雑な治療法は、西側諸国では「過去の遺物」として表舞台から消えてしまったのです。
科学の不思議:ファージが導いた「生命の設計図」
しかし、医療の表舞台から消えていた間、ファージは科学の裏側でとんでもない革命を起こしていました。実は、現代生物学の根幹である「セントラルドグマ(DNA→RNA→タンパク質)」という遺伝情報の流れが解明された背景には、常にファージの研究がありました。
「遺伝子の正体はタンパク質か、DNAか?」という論争に終止符を打ったハーシーとチェイスの実験(1952年)に使われたのも、ファージでした。彼らはファージを使って、細菌に注入されるのがDNAであることを証明したのです。
「細菌を殺す道具」として研究されていた小さな存在が、結果として「生命とは何か」という人類最大の謎を解く鍵になった―。この科学の予期せぬ連鎖には、震えるような感動を覚えます。
査定の視点:耐性菌時代への「逆襲」
そして今、薬剤耐性菌(AMR)という巨大な壁を前に、人類は再びこの「ハンター」を呼び戻そうとしています。
● バンコマイシン耐性菌など、既存薬が効かないケースへの切り札 。
● 難治性の抗酸菌症への応用(外科手術しか手がない症例への投薬治療の可能性)。
● さらには、特定の「がん」を攻撃するツールとしての研究 。
私たちアンダーライターが日々目にする最新の「〜マブ」などの分子標的薬も、特定の標的を狙う点ではファージ療法と共通しています。しかし、化学物質ではなく「生きたウイルス」を体内に入れることへの拒否感や、細菌側がファージに耐性を持つリスクなど、評価すべき課題は山積みです。
未来予想図:AIがベッドサイドで「薬」を焼く
本書の著者は90歳を過ぎたウイルス学の権威。研究の栄枯盛衰を肌で感じてきたからこそ書ける、マニアック過ぎる研究者たちの執念の物語には圧倒されます。
本書の終盤には、「AIを使って、患者の枕元でその菌に最適なファージを合成する」という驚きの未来図も提示されています。かつてドブ川をさらってファージを探していた「ハンター」の仕事が、デジタルの力で標準化される日が来るのでしょうか。
まとめ:
以前紹介した第110回『悪魔の細菌』では、多剤耐性菌に感染した夫を救うためにファージを求めて奔走する妻の姿を描きました。あわせて読むと、今回の科学史がより地続きのリアリティを持って迫ってきます。
抗生物質の隆盛に隠れたファージ研究100年の歴史を知ることは、現代医療の死角を知ることでもあります。耐性菌や抗酸菌の告知に接する機会が増える中、この「古くて新しい」治療概念を知っておくことは、将来の査定判断に必ず活きてくるはずです。
(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2026年3月)


















































































































































