査定に役立つブックガイド

Dr.ホンタナ

元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。

告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。

読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。

ブックガイド(最新号)

遺伝を無視してなりたつのか?

遺伝と平等
人生の成り行きは変えられる

キャスリン・ペイジ・ハーデン 著
新潮社 税込定価3300円 2023年10月刊行

 
 新年あけましておめでとうございます。気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。2025年の年頭、第131回目は第129回目の「遺伝か環境か」をフォローする形で「遺伝と平等」について一歩踏み込んでみます。

 保険業界では遺伝情報を危険選択の手段とすることを躊躇しているのはご存知のとおりです。「遺伝情報の危険選択」そのものが多種多様でむずかしいこともありますが、最大の理由は「遺伝情報を利用して危険選択している=悪」という消費者心理に恐れをなしてだろうと思います。

 「遺伝情報を利用することの禁止」や「生物学的性差を無視した男女同額の保険料」などは、ドイツ・フランスを中心とした、いわばEU基準です。そこには科学を無視してでも政治的に公平であり先進的であろうとしてきたEU理念みたいなものが見え隠れします。同性婚や安楽死などもそうしたEU理念的なもののように思えます。日本の保険もまたその起源においても西欧の模倣からまったものであり、その後の歴史の流れの中で、西欧の保険業界の動向に追随してきました。その結果として「遺伝情報を利用するのは悪」「遺伝情報を利用するのは不公平」という理念も受け入れているのではないでしょうか。

 ところが21世紀の今「多くのことが遺伝によってすでに決まっている」という現実を直視しなくてはならない時代へと変化しつつあります。そこでわたしが第129回目の「遺伝か環境か」でも提起した疑問は「ではどうする?多くが遺伝によってすでに決まっているとわかっていながら、それを無視したり、しかたがないと落胆するのではなく、そうした遺伝的差異を踏まえて社会はどう対処するべきなのか」・・というものでした。それに対する答えとして今回の「遺伝と平等」では著者は3つの立場があることを示します。

 ①人生に遺伝の影響があるという事実をもって格差を自然化し、介入的変革を否定する「優生学」的な立場
 ②公平な社会の実現において、遺伝的差異を無視する「ゲノム・ブラインド」な立場
 ③遺伝データを利用することで、人々の生活を改善し、成り行き(=結果)の平等化を効率的にすすめられるような介入の探求を加速することに努める「アンチ優生学」的な立場

 著者はもちろん③の「アンチ優生学」的な立場で本を書いているのですが、それは突き詰めるとかっての共産主義的な考え方に似てくるような気がします。そして共産主義が失敗したのと同じように、いわゆる悪平等で、遺伝的に優れた人物のほうが逆に不利益をこうむり、社会の活力が失われていくような気がしてなりません。

 さらに言えば、最近の医学研究の成果として遺伝病を分子生物学的薬剤で治療しようという場合なども、現在のありさまはこの③の立場に近いものです。例えば脊髄性筋萎縮症(SMA)の治療薬ゾルゲンスマは1バイアル1億6千万円と高価ですが、そのような高価薬を公的な健康保険制度で負担しているのですから、遺伝的不公平の是正のためにいつか健保財政が破綻するのではないかという危惧も感じます。

 目下のところ、日本の保険会社は個々の被保険者の遺伝的不均衡を②の立場で無視しているわけですが、医学の進歩に連れて遺伝子情報レベルでの逆選択がおこりやすい状態になっており、将来は莫大な額の保険給付をもたらす可能性がでてきています。

 本書は、個人の「幸福」における遺伝の影響という観点にしぼって書かれていますが、読み進んでいくと、医療や保険業の従事者も「遺伝と平等」の議論と無関係ではいられない時代になりつつあるのだと感じました。「遺伝」を棚上げした時代が終わろうとしているのかもしれません。

(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2025年1月)



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