査定に役立つブックガイド
元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。
告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。
読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。
ブックガイド(最新号)

ーー保険営業のダーク・サイドーー
対馬の海に沈む
窪田新之助著
集英社 税込定価2310円 2024年12月刊行
気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。アンダーライティングに携わるものとして、保険営業の現場の空気を知っておくことは大切です。保険営業にからんだ事件もたくさんあります。そんな事件がどういう社会背景をもとに起こってくるのか、そんなダークサイドを少しのぞいて見る、そんな読書もたまにはどうでしょう。
保険会社ではなく、JA共済が舞台ではありますが、日本のムラ社会での保険営業のリアリズムをとことん学ぶことができる、そんな本が、窪田新之助著、開高健ノンフィクション大賞受賞「対馬の海に沈む」です。2019年に対馬で自動車に乗ったまま海にダイブして自殺したA氏=JA対馬のLA(ライフ・アドバイザー)、わかりやすく言うとJA共済の保険営業マンの一代記。死亡当時44歳。
対馬といえば、私は1996年~1997年の福岡勤務だった2年間、毎月1回2泊3日で対馬に出張していました。その頃、私の所属する会社(以下B社)は「全島制覇」と言われるくらい対馬での営業が強かったのです。B社は対馬に北対馬・中対馬・厳原と3つも拠点があり、当時それらを巡るために比田勝に1泊、厳原に1泊していました。その頃は、対馬は独特だ。何となく違和感があるなぁ、と漠然と思っていましたが、今回この本を読んでその違和感が解明されたような気がしました。
A氏が全国トップレベルの共済保険の営業マンとして活躍したのは2000年頃かららしく、ちょうど私と対馬の縁が切れてからのことですね。そして、B社の対馬における保険独占状態もそのころから急激に崩壊していったという噂は聴いていました。その崩壊の一端がこの主人公であるA氏だったというのだから驚きました。さらに、A氏の義母(妻の母)はB社の北対馬の優秀成績営業職員であり本書にも実名で登場しています。A氏は彼女の顧客地盤を引き継いだらしいのですが、本書で語られるさまざまなあやしい手法もまた、対馬においては伝統的だったのかも・・・。
農協が名前を変えたのがJA(=Japan Agriculture)ですが、その組織は複雑です。例えば対馬にはJA対馬という企業体があるのですが、大手生保のような本社→支社→営業拠点というヒエラルキーではなく、各地域のJAレベル、つまりJA対馬であれば、それ自体である程度完結しているのが特徴のようです。一方で、業務ごとに、例えば、農産物=JA全農、銀行業務=農林中央金庫、保険業務=JA全国共済連合会といった全国レベルの組織があるのですが、JA対馬のような地域のJA(単協という)はかなり独立性が高く、そうした業務ごとの全国組織とは業務の範囲レベルでしか支配・拘束を受けていないようです。JA対馬という企業が農産物についてはJA全農、金融については農林中央金庫と、保険業務についてはJA全共連という具合に、業務ごとにバラバラに請け負っているイメージです。
JAの営業職員はこれらバラバラの業務それぞれにノルマを課せられており、JAの本業である農産物での収益が低迷しているため、金融と共済のノルマがかなり厳しいらしい。こうしたノルマのある仕事でよく問題になるのが自分や身内が保険商品に入るといういわゆる「自爆」営業。しかし、自爆では金銭的に限界がありますよね。
そこでA氏が作り出した仕組みは以下のごとく。ものすごく単純化すると、例えば顧客Cさんの預金口座をJAに作り通帳も印鑑もAが保有(言ってみれば幽霊口座)、その幽霊口座を入出金のベースとして、顧客Cさんの家財の共済(損害保険)の契約を作る。台風のシーズンに、家屋の被害を捏造したり過大請求したりして共済連に請求し架空口座に入金させる。冬場は、そうした架空口座にプールした金銭で生命共済の契約を作り成績にする。・・・つまりは、損保事故を捏造して保険金をプールし、それを原資にさまざまに成績を挙げる。こうして詐取された金額は20億円以上だとか。
こう書くと、まるでA氏の単独犯のようにも見えますが、ここで特徴的なのは名前を使われただけのように見えるC氏にも保険金の一部がわたっていること。そうした関係がC氏だけではなく地域全体を覆っている、つまり島ぐるみで保険金詐欺をやっていたようにも見えるわけです。そう考えるとすべての罪を背負って自死してしまったA氏は歯車の一つにすぎなかったのかもしれません。離島という閉鎖空間と無責任になりやすいJAの組織構造・・・。
21世紀になって大手生保がコンプライアンス重視に大きく舵をきった時期が確かにありました。対馬でもそうだったのでしょう、そしてそれによって生まれたスキマに、JA対馬のスーパー営業員A氏がぴったりとはまって、さらには損保も生保もありという共済の特異性が拍車をかけたわけです。
対馬に通ったのはつい昨日のように思っていましたがいつのまにか30年の歳月が流れ、その間にも、島にもさまざまな変化があったのだと―ちょっと浦島太郎的な感慨も覚える一冊でした。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2025年2月)