査定に役立つブックガイド

Dr.ホンタナ

元外科医。生命保険のアンダーライティング歴25年。そろそろ前期高齢者。

告知や診断書を見ているとアンダーライティングは常に最新の医療現場と直結していることを実感しますよね。そんな最新医学をキャッチアップしたいと本を読み続けています。そうした読書の中から医師ではなくても「これは面白い!」と思える本をレビューしていきます。レビューだけで納得するもよし、実際に読んでみるもよし。お楽しみください。

読書以外ではジャズ(女性ヴォーカル好き)を聴いたり、大ファンである西武ライオンズの追っかけをやってみたり。ペンネームのホンタナは姓をイタリア語にしたものですが、「本棚」好きでもあるので・・ダジャレで。

ブックガイド(最新号)

絶滅危惧種?外科医

手術はすごい

石沢武彰 著
講談社ブルーバックス 税込定価1210円 2025年1月刊行

 
 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトのブックガイドです。今回のテーマは「外科医」。巷ではなり手が減っているというこの専門職の未来を、かつて外科医として患者と向き合い、今はカルテの隅々まで目を光らせる査定職人である筆者が、最新の手術を『手術はすごい』から考察します。

 本書を読むと、内視鏡や手術支援ロボットといった目覚ましい技術の進歩に感嘆すると同時に、外科医の根底にある「何としても手術で患者を救いたい」という強い衝動を改めて感じます。かつての私もまた、手術によって患者の病を根絶することに情熱を燃やしていた一人であり、その心情は痛いほど理解できます。実際、この本を読んでいるうちに、ふと昔を思い出し、無性に手術室の感覚が蘇ってきたのです。何かに突き動かされるように、昔使っていた手術糸を引っ張り出し、慣れない手つきで糸結びの練習をしてみたりもしました。

 しかし、その強い思いの裏側には、常にグレーゾーン手術という課題が潜んでいます。本当にその手術が患者にとって最善の選択肢なのか。年齢や癌の進行度合いを考慮すれば、より穏やかな内科的治療こそが適切なのではないか。そうした岐路に立った際、外科医は、時に自身の技術への信頼を拠り所とし、手術という道を選択してしまう傾向があるのです。査定の現場で様々なケースを見るにつけ、その判断の難しさを痛感します。

 本書に掲載された手術記録からも、その複雑な側面が垣間見えました。胆石症に対する腹腔鏡下胆嚢摘出術や、比較的早期の膵臓癌に対する手術は理解できるものの、多発転移を伴う高齢の肝癌患者や、HCV陽性の高齢肝癌患者に対する手術の是非については、患者のQOLや予後という観点から、より慎重な議論が必要とされるべきでしょう。にもかかわらず、著者の筆致には、自身の技術を絶対的なものとして捉え、内省よりも自信が先行しているように感じられるのです。

 さらに、外科医の存続を危うくする構造的な問題点として、外科手術に対する経済的な評価の低さもまた考えねばなりません。癌治療において、多くの患者を治癒に導く可能性を秘めた外科手術の料金が、延命を目的とする高額な薬剤の価格に比べて、あまりにも低い現状は、査定の視点からも憂慮すべき事態と言えるでしょう。肺癌治療を例にとれば、年間数万件に及ぶ肺葉切除手術全体の費用よりも、一部の特定の肺癌にのみ適応される分子標的薬の年間売上が遥かに大きいという事実は、医療経済の歪みを如実に示しています。

 患者自身も、最近話題になった高額療養費制度の存在により、高額な薬剤に対して抵抗感が薄れているのかもしれません。その結果、費用対効果を度外視して、安易に薬物療法が選択される傾向があるのではないでしょうか。それに引き換え、忙しさを極める一方で経済的な評価の低い外科を敬遠する若い医師が増加しているという現状は、将来的な外科医療の担い手不足という深刻な問題を引き起こすでしょう。査定の現場で優秀な外科医の減少を目の当たりにするにつけ、危機感を覚えます。

 新薬開発による医学の進歩は重要ですが、「普通の癌を普通に治してくれる」外科医の存在が軽視されるならば、その「普通」が当たり前でなくなる日が来るかもしれません。手術によって治癒が見込める患者に対して、漫然と高額な薬剤が投与される現状は、外科医の専門性と努力に対する正当な評価を損なうものではないでしょうか。

 「手術はすごい」は、最新の手術テクノロジーの目覚ましい進歩を伝える一方で、外科医という職業が抱える複雑な葛藤、そして現代医療における評価のあり方という根深い問題に光を当てています。医療の本質は、患者の命と尊厳を守ることにあります。技術革新の波に乗りこなしつつ、患者にとって最善の医療を提供するために、外科医はどのような役割を担っていくべきなのか。それにしても、メスを置いてからやがて30年ですか・・すべては遠い思い出とともに消えていくのかも・・・
 (査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2025年4月)

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