前書き
元コロナでオンラインの学会が増えましたが、私は今でも一年のうちに何回か学会に参加しています。そして、ときには保険業界のみなさまにもお伝えしたい最新の知見もあります。そこで、不定期ではありますが、参加した学会の簡単なレポートをこのホームページでお伝えしたいと思います。
学会レポート(最新)
ー第29回 日本統合医療学会 参加記ー
~海外給付リスクの検証と、多死時代における「医療とケア」の境界線~

1.開催地・岡山と統合医療の縁
暮れもおしつまった12月19~20日、統合医療学会に参加してきました。今年の開催地は岡山でした。岡山は、岡山大学医学部と川崎医科大学という2つの医学部を擁する医療集積地であり、かねてより両大学とも統合医療の研究・実践に熱心であることが知られています。本学会のルーツもこの地に深く関わっており、会場には「統合医療発祥の地の一つ」としての熱気と自負が感じられました。そのような歴史的背景を持つ場所で、最新の知見に触れる機会を得ました。
2.参加の動機:海外給付リスクの実態検証
今回、私が本学会に参加した背景には、保険医学上の切実な課題である「中国における入院給付請求」の問題があります。
現在、中国籍の被保険者が中医院(TCM病院)において、漢方点滴、推拿(すいな)、鍼灸などを主とした「入院治療」を受けて給付金を請求するというケースが増加しています。これに対し、このような中医学的治療は「日本国内の標準的医療とは異なる」というロジックで対抗することも少なくありません。
しかし、この「日本とは異なる」という前提は、本当に正しいのか? 実は日本でもこれらが深く浸透しつつあるのではないか?この疑問を検証し、現在の査定基準の妥当性と将来のリスクを評価することが、今回の主目的です。
3. 国内現場の実態:あくまで「補完」であり「代替」ではない
学会を通じて確認できた日本の統合医療の現在地は、以下の通りです。
●位置づけ: あくまで標準治療の「補完(Complementary)」であり、中国のような「代替(Alternative)=治療の主役」ではありませんでした。
●運用形態: その多くは「QOL向上・緩和ケア」を主眼とした自費診療の枠組みで行われています。
この点において、急性期・回復期の「治療」として中医学を行う中国の現状と、日本の現状は明確に異なります。したがって、「日本の医療水準・実態に照らして、治療としての入院の必要性を認め難い」とする現在のロジックは、現時点では妥当であると再確認できました。
4. 参加者層から見るニーズ:「外科医の苦悩」と「宗教の影」
興味深かったのは、統合医療に関心を寄せる医師に外科医が多かった点です。手術という根治的な手段を持つ彼らが、術後の不調やIncurable(治癒不能)な症例に直面した際、「メスで切れない苦痛」への対処として統合医療に救いを求めています。これは、医学的な「Cure(治癒)」の限界を埋めるための切実なニーズと言えます。
また、会場内には仏教系医療団体の存在が散見されました。「生老病死」を扱う仏教と、全人的医療を目指す統合医療の親和性は高く、スピリチュアルケアの担い手として宗教的背景を持つ団体が一定の役割を果たしている事実は、日本の医療と看取りの隙間を埋める存在として非常に示唆的でした。
5. 考察:保険医学的な未来予測と課題
今回の知見を踏まえ、以下の3つの視点で考察を行います。
① 【実務面】「治療」ではなく「サービス」へ
現状、統合医療を入院給付の対象とするにはエビデンスが不足しています。しかし、外科医さえも必要性を感じるニーズは確実に存在します。将来的には、これらを「治療(給付)」としてではなく、「QOL向上のための付帯サービス」として商品設計に組み込む視点は有効と考えられます。
② 【将来リスク】多死時代と「混合診療」の壁
今後、日本が多死時代に対応するため、安価で侵襲の少ない統合医療を公的保険診療(または混合診療)に広く組み込む可能性は否定できません。もし日本国内でこれらが標準化された場合、中国での中医学治療を標準医療としては否定するロジックが保てなくなる可能性はあります。国内の診療報酬改定の動向は、海外給付リスクに直結するファクターとして注視し続ける必要があります。
③ 【構造的課題】「死の臨床」における宗教の不在
日本では明治維新以降、「死ぬまでは全て医療が担う」という価値観が定着しました。そこでは、かつて僧侶が担っていた「臨死期のケア」までもが医療側に置かれ、宗教者は「死後」のみを扱うという分断が起きています。今回の学会で見た「外科医の苦悩」は、本来医療だけでは背負いきれない実存的な苦悩まで医師が背負わされている、日本の医療構造の歪みの現れではないかと感じました。
6. おわりに
学会終了後、初冬の後楽園を少し歩きました。夕日を浴びて黒く光る岡山城(烏城)のシルエット(冒頭写真)を眺めていると、ふと、この地で統合医療が盛んな理由が腑に落ちるような感覚を覚えました。
光と影、生と死。
そのあわいに立ち、揺れ動く患者を支えようとする統合医療の営みは、静かに佇む烏城の姿と重なるものがありました。科学としての厳密さと、人としての温かみ。その両輪のバランスをどう保険医学の中で評価していくか、帰路につく足取りの中で深く考えさせられる一日となりました。
以上
(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2025年12月)



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