前書き

Dr.ホンタナ

 元コロナでオンラインの学会が増えましたが、私は今でも一年のうちに何回か学会に参加しています。そして、ときには保険業界のみなさまにもお伝えしたい最新の知見もあります。そこで、不定期ではありますが、参加した学会の簡単なレポートをこのホームページでお伝えしたいと思います。

学会レポート(最新)

ー2025年4月 第114回日本病理学会総会から

「膵がんの現在地と前駆病変をめぐって」

 
1.形態からゲノムへ

 2025年4月17~19日、仙台で開催された日本病理学会総会に参加してきました。わたしの住む神戸では桜はかなり散ってしまいましたが、仙台に来てみると、ちょうど満開を迎えており、学問と自然の美しさが交錯する印象深い旅となりました。
日本病理学会は春の総会と秋の秋季特別総会と、年に2回の総会が開催されます。病理学といえば顕微鏡で形態をみて診断をつけるというイメージが強いですが、最近の流行はここでもゲノムとAIです。特に、がんの病理学的研究はそのほとんどがゲノムがらみになっています。今回の学会レポートでは「膵がん」を取り上げてみたいと思います。

2. 膵がんの現在地:診断が遅れる“沈黙のがん”

 膵がんは日本でも増加傾向にある悪性腫瘍であり、5年生存率は10%未満と極めて予後不良な“沈黙のがん”です。その主な理由は、早期段階では症状が乏しく、発見時にはすでに進行がんであることが多いためです。現在も画像診断の技術は進歩していますが、5mm以下の病変を的確に描出するのは困難で、もっとも早期の発がん過程の解明が強く求められています。早速演題の中からトピックを拾ってみます。

3. PanINとはなにか:顕微鏡の下で見つかる“がんの種”

 佐野直樹先生(自治医科大学 病理学・病理診断部)は、「膵がんの早期発がん過程に関する臨床病理学的検討」と題し、膵がんの前駆病変であるPanIN(膵上皮内腫瘍)に焦点を当てた研究を発表されました。PanINは膵管上皮の異型性によりPanIN-1〜3に分類され、特にPanIN-3は“上皮内がん”とされ、膵がんの直前段階とみなされます。しかし、PanINは5mm未満の微小病変で、画像診断での検出はほぼ不可能です。佐野先生は、多数の膵切除標本を用いて、PanIN-3が出現する膵は“がん化予備軍”であると報告しました。

4. IPMNとはなにか:画像で見える“膵がんの前触れ”

 一方、泥谷直樹先生(大分大学 医学部 分子病理学講座)は、「膵上皮内病変から浸潤がんへの進展に関わる分子メカニズム」と題し、IPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)の分子進化と浸潤がんへのスイッチ機構について解説されました。IPMNは膵管内に乳頭状に増殖する粘液産生性腫瘍で、画像診断で発見される嚢胞性病変です。分枝型は比較的リスクが低く経過観察もありますが、主膵管型は高リスクとされ、切除対象になります。泥谷先生は、IPMNに特有のGNASやRNF43変異に着目し、PanINとは異なる発がん経路を示しました。

5.PanIN・IPMN研究の限界と今後の展望

 PanINやIPMNはいずれも膵がんの前段階を示す重要な病変ですが、確定診断には病理検査が必要です。現実には、これらは膵がんや膵腫瘍の切除標本、あるいは剖検で偶然に見つかることがほとんどです。つまり、現段階の医療では“理論上は早期発見可能だが、実際には見つけられない”というジレンマがあります。将来的には、液体生検、AI画像診断、遺伝子解析などを駆使し、より早期かつ非侵襲的な発見が期待されます。

6. 外分泌腺における発がん様式の共通性:膵と乳腺をつなぐ構造的アナロジー

 ここで、話題として面白いと思ったのは、膵がんと乳がんの共通性についてです。一見、かけ離れた臓器のように見えますが、膵と乳腺はともに分泌腺であり、管腔構造をもつ外分泌器官として共通点が多く、発がん様式にも近似性があります。「分泌腺+導管構造」という共通土台の上で、異型上皮の増殖、乳頭状形成、腺腔内への突出などの形態的類似がみられます。
「膵臓と乳腺」の関係性はそのまま、「PanINとDCIS」、「IPMNと乳管内乳頭腫」となり、構造や進展経路が重なり、外分泌腺に共通するがん化の道筋を示しています。

 分子病理学的にも、TP53やKRASの変異、上皮間葉転換(EMT)、基底膜破綻後の浸潤拡大などが共通しており、**“外分泌腺由来がんの共通の進展パターン”**としてとらえることができます。

 PanINとDCISは、臓器を越えて比較可能な“上皮内がんモデル”**であり、早期がんの共通理解に資する、そしてIPMNと乳頭腫は、粘液産生や乳頭状増殖を示す“嚢胞性前がん病変としてアナロジーがある、と言えるでしょう。
今後、乳腺での経験(液体生検や予防的切除、ホルモンリスク評価など)が、膵でも応用されうる可能性があります。

7.結語

 PanINとIPMNの研究は、膵がんがどこから始まり、どのように進展するのかという本質に迫るものです。現時点での臨床応用には課題があるものの、将来の早期診断や予防戦略の鍵を握る知見であり、今後の研究の進展が強く期待されます。また、PanINやIPMNは膵がんの理解にとどまらず、外分泌腺における「上皮性腫瘍の発がん様式」そのものをモデル化する手がかりでもあります。こうした横断的な視点からの病理学的研究は、今後の診断・治療の革新に新たな視野をもたらしてくれるでしょう。

8.おわりに
 学会の帰りに仙台の南の桜の名所を訪れてみました。仙台藩のお家騒動を取り上げた、山本周五郎の小説「樅の木は残った」の舞台となった柴田町の船岡城址公園と白石川周辺です。まさに満開の桜の山、そして宮城蔵王を背景に悠然と流れる白石川の両川岸に無限に続くような桜並木がみごとでした。これを地元では堤一目千本桜(つつみひとめせんぼんさくら)と呼ぶようです。そんな風景の写真をいくつかお楽しみください。

(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2025年4月)

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